トナカイ|松本慎一さん

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智秋さんから突然「本をつくるので最初の打ち合わせの風景を撮って欲しい」というメッセージが届いたのは今年の夏のことでした。僕は智秋さんのことを知らなかったのですが、僕の写真を好きと言ってくれて、ご依頼の文章からは確かな意思と細やかな配慮、そして隠しきれない個性が滲み出ていたので、ぜひお引き受けしたいと思いました。しかし、残念ながら僕のスケジュールが合わないと言うと、なんと打ち合わせの日程を変更してくれて、僕はそこに立ち会い、撮影することが叶ったのでした。

打ち合わせに集まった3人、著者の智秋さん、編集者の岡田さん、デザイナーの見元さんによって交わされる言葉はどれも「よい本をつくる」ことに真っ直ぐ向かっていて、ぜんぶの言葉がきゅっとうまく着地していく感じがありました。おたがいを尊重し、向かうべき海路を相談している、あらたな船乗りのチームのような雰囲気で、そこにはまだ生まれていない本への強い愛がありました。こんなふうにして生まれるなら、どんなかたちであれ、その本は幸せになるだろうと僕は思いました。

仕上がった本を読み終えたとき、「これは智秋さんだ」と思いました。そうか、3人でもういちど智秋さんを生んだのか、と思いました。写真というのは、まなざしの記録です。テーブルに出された食事の中でぜんぜん目立っていなかったスープがとびきり美味しいと感じたら、スープを真ん中にして写真を撮り直す。かつて訪れた美しい街が、破壊された姿を目にして撮ることができない。その道の先で、ジュース屋さんが色とりどりのフルーツを並べて営業しているのを見つけ、フレッシュなオレンジジュースに元気をもらい、来た道を引き返して、瓦礫の街を撮る。智秋さんはじぶんが愛しているものを、言葉とまなざしで示し続けていきます。「人の暮らしや営みって、なんて色とりどりの世界なんだろう」。そう感じる智秋さんの心もまた、色とりどりに輝いていると思いました。

美味しいごはんが目のまえにあって、心ゆくまで味わうことのできる平和。そのごはんを中心として想いを巡らせることのできる人々の暮らしの美しさ。お弁当を奢ってくれたホームレスのおじさん。自分が道を渡り終えるまで、向かいで見守ってくれていた見知らぬ老人の瞳。ごはんと人々のあたたかさ。智秋さんはそういうものを愛する人なんだとわかって嬉しかったです。それが僕の個人的な感想です。

なお、もうひとつ、写真を撮ることを生業にするものとして言いたいのですが、智秋さんは写真がうまいです。それは、美しい写真を撮ろうというよりも、せっかく美しいのだからこれを収めておこうという気持ちによるものだと思います。そこには大きな違いがあって、僕は後者の写真がずっと好きです。この旅に連れ出してもらえたGRは幸せだろうなあと思います。こんなふうに撮るために、あのカメラはあるのだと思えるほどです。見慣れぬ街と見慣れぬ料理が次々と出てくる写真集として見ても、そこに込められた愛ゆえの情感にあふれていて、見応えがあります。僕もGRと一緒に旅に出たくなりました。

トナカイ|松本慎一さん
トナカイ|松本慎一さん
写真家。詩人。2021年12月、第二詩集『花が咲く頃の土』刊行。

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