旅のエッセイ

2019年、ロシア(ダゲスタン共和国)・アゼルバイジャン・ジョージアを巡った旅の復路は、ジョージアの首都トビリシからロシアのモスクワへ飛び、そこから北京経由で関空、というルートだった。そこでわたしは、モスクワには主要空港が3つもあることを知る。

・ドモジェドヴォ国際空港(DME)
・シェレメーチエヴォ国際空港(SVO)
・ヴヌーコヴォ国際空港(VKO)

「ヴ」の出現率が高く覚えられない。そして複数の航空会社を利用してモスクワで乗り継ぎをする場合、同じ空港で乗り継ぎを済ませることはちょっと難しく、いちいちロシアに入国し、これらの空港間を移動しなければいけない。わたしもそうだった(ジョージア〜モスクワはジョージアン・エアウェイズ/モスクワ〜関空は中国国際航空)。

これについては「めんどくさい」「無事乗り継げるか心配」という声が多い。たしかに。なんてったってロシア。入国ってだけで、なんだか融通のきかない領域に足を踏み入れるような億劫さがある。

とはいえせっかくの入国。その時間を利用して街中でなにか食べていこう!というたのしみが膨らむ。以前開催したトークイベントでも、トランジットを利用して食べたごはんの話を熱く語ってしまったほどトランジットは好き。というか、あの限られた時間でちょっと入国してなにか食べるのがほんと好き。

さて、モスクワで許された数時間の滞在。これはかなり狙いを定めてパキパキ動かないと。赤の広場とモスクワ最古のポンチキ・コヴォヤ。目的地は大きくこの2つに絞った。

説明するのが遅くなったけれど、ポンチキとはドーナツのこと。ポンチキ・コヴォヤはドーナツ屋さん。ポンチキ……。この響き、愛さずにはおれまいて(空港の名前は愛せなかった)。

すでに以前、わたしはこのポンチキ・コヴォヤが恋しくなりつぶやいている。

この絵本に出てきそうなポンチキ屋さん。店内でおばさん2人がポンチキをせっせと揚げていて、ふたつ注文すると、紙袋にポンチキを入れ、バサッと粉砂糖を入れた。おばさんは「いいかい、こうやって食べるんだよ」とでも言わんばかりに、わたしの目をじっと見て、シャカシャカ振って砂糖をまぶすよう教えてくれた。オーチン・ハラショー。

あっつあつのもっちもち!

これがもう、ほんっっっとにおいしかった。小麦粉と卵で生地がぎゅうっと詰まった重たいドーナツではなくて、ポンチキは表面さくさく・中はもちもち。5つくらいはいけそうな軽やかさ。

あ〜これこれ!トランジットで食べるたのしさ!くー!

モスクワにこのポンチキのためだけにはなかなか来れない。トランジットという機会あって叶うポンチキ時間だもんね。最高です。

そのあと立ち寄った赤の広場のクレムリンは、遠くから見えてきたときがクライマックスだった。おなかを抱えて笑う。

大阪市内にそびえる大阪城のようなすごみとおかしみがある

ニュースに胸を痛めない日はない。と同時に、ロシアに対する意見も見るに耐えない乱暴で醜悪なものを目にすることも増え、さらにしんどくなる。ムーミンママは「パンケーキにジャムをのせて食べる人に、悪い人なんているわけがない」と言う。ならば「この粉砂糖たっぷりのもちもちポンチキを食べる人に、悪い人なんているわけがない」。極論でそれこそ乱暴だけど、いまはそう思ってロシアの人たちにも思いを寄せたい。国と人は別だもの。

書籍『旅をひとさじ—てくてくラーハ日記—』書影

選りすぐりの写真とエッセイを収録!

書籍『旅をひとさじ—てくてくラーハ日記—』松本智秋 著

A5判並製・コデックス装・フルカラー・144頁
定価:本体1800円+税

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