旅のエッセイ

先日「内田ミシン」の洋服を購入したら、ボタンホールに紅白の紐が通されてあった。それを見た瞬間「あ!マルテニッツァ(Martenitsa)だ!」と思った(内田ミシンさんがマルテニッツァを意識してのことなのかはわからないけど)。

マルテニッツァはブルガリアのお守り。3月1日のバーバマルタという春の訪れを願う祝日に、家族や友人たちとマルテニツァを交換し合い、お互いの健康や幸福を願う。初めてブルガリアを旅した時期がちょうど3月。広場にある樹木に紅白の紐やタッセルがたくさんくくり付けられていて、この風習を知った。遠く離れたブルガリアでも、「紅白」はめでたく明るい意味を持つのかと妙に感じ入ったけれど、わりと世界共通なんだろうか。

ブルガリアの第二都市プロヴディフで見たマルテニッツァ装飾を施された木

ブルガリアには、『散歩とごはんのくり返し』の表紙にもなり、『旅をひとさじ』でも少し登場させたクケリというお祭りがある。そこでは新年明けた冬の時期にケモノたちが町をねり歩き、新しい1年の豊作や人々の健康を願う。そしてすべてのクケリが終わるころにはマルテニッツァを渡し合い、お互いの健康や幸福を願う。

春を迎えるまでのたくさんの願い。微笑ましく眺めていられるのは、平和が維持されているから。人がこうしてささやかに願うこと。そのことが守られているからこそ、新しい季節の訪れを味わうこともできる。ウクライナの人たちが安心して新しい季節を迎えられるのはいつになるんだろうか。シリアの人たちはどうだろうか。

戦争は街や人の暮らしや命を奪うだけじゃなく、季節も奪っていく。本当になんの救いもない。マルテニッツァのことを思い出し、今日も今日とて、そう思う。

書籍『旅をひとさじ—てくてくラーハ日記—』書影

選りすぐりの写真とエッセイを収録!

書籍『旅をひとさじ—てくてくラーハ日記—』松本智秋 著

A5判並製・コデックス装・フルカラー・144頁
定価:本体1800円+税

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